東京帰郷

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. #武相荘  暦とはよくできたもので、立秋を過ぎるとどこか風が次の季節になっている。 帰郷するつもりで武相荘にいってきた。  白洲次郎さんと正子さんが暮らした茅葺き屋根のお家。 お二人の愛用していた家財は、季節ごとに展示がかわる。 お邪魔しますと、一礼して入るお家の中は、外の日射しが嘘のように薄暗く涼しい。 古い時計と暖炉、レザーのソファ、素足にひたりとつめたいタイルと木の床、骨董品や古くなった布たちの少しカビ臭い香り。吸い込むと、帰ってきた気持ちがする。 この居心地のよさは、「ああ、入りなさい」と干渉せずに受け止めてくださる、ご夫妻のお人柄のような気がする。  いつも思うのだが、今は亡き祖父母の昔の家に似ている。 昔は辛気臭いと思っていたものだけど、これほどまでに時間をくっきりと止めてしまうには、どのように演出すればよいのか。  ガラスケースにある#日本国憲法公布記念の菊御紋章付銀杯 をみて、幼い頃、祖父母の家にあったこの銀杯に砂を入れ、お花模様のプリンをつくろうとしていた記憶がフラッシュバックする。 恐ろしいのは何も知らない幼子の行動ではなくて、 いったいうちの先祖は何者なのかということである。 そんなことも、ここに来ると懐かしい所以である。  ひと気が少ないのをよいことに、正子さんの書斎の後ろの畳に、ペトンと座ってみた。執筆のお邪魔にならないように静かに正座をして、視線も邪魔にならないように、そろりそろりと書籍のタイトルを目で追った。チェーコフ、あ、小林秀雄の「考へるヒント」(いつか町医者先生が貸してくれた本)、河合隼雄まである。 書斎正面にある障子越しの窓には、キラキラと夏の木々が揺れていた。一緒に揺れていたあのピンクと紫の花はなんだろう。白洲邸には野花しかないので、なんとも品があって美しい。目を閉じ、ここでお昼寝できたらどんなにいいかしら……なんて、不謹慎な思いを断ち切って立ち上がった。 そういえば、正子さんも家の事情で大学に行きたくてもいけなかった派なんだよなあ。独学で本をお書きになったのだなあ……つくづく、このご夫妻には憧れる。  ひと気がないのをよいことに、今度は縁側の淵にまたぺたりと座ってみた。アンティークのねじ締り錠がついた木枠の窓から見える木々が、この世のものとは思えぬほど美しい……。本来の日本の夏は、これほどに美しいのだ。  次郎さんが日本国憲法改正に関わったのが43歳、東北電力の役員を終えて農家になったのが60歳を過ぎてから。この景色をゆっくりと眺めるまでには、私もまだ頑張れるか。 娘か孫になった気分で、しばらく縁側で目を閉じて里帰りをさせてもらった。  帰りに受付の方と共通の知人のお話をして、「最近ね、あまりこちらにいらっしゃらないから、桂子さん(次郎さんと正子さんのお嬢様)にメモを書いておけば?渡しておくから」と言っていただき、有り難く芸名のほうと連絡先をおいて、本を一冊、買って帰った。  帰るのが寂しくて、こんなお家に住みたいなあ……と思った。 「あんたね、そんないいもんじゃないわよ」 桂子さんの声が聞こえた気がした。

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