地球少女アルジュナ 第一章「時のしずく」

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主人公「樹奈」を演じた東山麻美の中の人による各話の感想です。⚠️一部ネタバレあり

この作品は25年前(2001年)に、地上波のテレビ東京さんにて1クール(全12話)で放送されました。※Director's Editionは第九章を含む全13話です。
昨年にスタッフさんより「Blu-ray BOXが出るよ!」とご連絡をいただいてから、〝今の〟私の感想を発信してみたいと思っていました。ですが、どの角度、どの立場から切り込んでよいものか…約半年間、悩みました。
演者が私見を発信することは作品イメージを邪魔してしまうのではないか…。かといって、当たり障りのないことだけでは書き残す意味がない。
はたと、そういえばキャッチコピーに〝超感覚アニメーション〟とあったではないか。それならば、いち視聴者として実体験を交えて書こう!と決めました。
ネタバレ大いに含みます。

まず最初に、筆者(私)の自己紹介をば。自身、二度目の〝ピンク色に変身して地球を守る〟作品となります。
私は、オープニングの白い鳥が導く神戸港の山向こう、宝塚という街で生まれました。祖父母が山荘を営んでいたため山の中で暮らしました。日が暮れるまで毎日、汗と泥だらけになって遊びました。特記すべきは、私が4歳の時。山荘の宿泊客であった不思議な女性が、(京都の〝ごゆうで〟という珍しい苗字で千里眼があったそうです)私を見るなり、「この子、いろんなものが視えて、可哀想に……。」と言いながら、私の頭髪をガシガシと引き始めました。呆気にとられる母を横目に、私はされるがままに鼻の奥がツンとしたけど涙を堪えていたことを覚えています。悲しかったからではありません。〝自分を解ってくれる大人がいた…!〟この衝撃と深い安堵感は、どこか「地球少女アルジュナ」という作品に通じるのです。
いま思えば、人のあらゆる感情を察知してしまうことよりも、植物や空など自然と対話するほうが、自身にとっては安心できる日常だったわけなのです。その感覚は今、より強いものとなっています。
昨年10月、Blu-ray BOX特典インタビュー収録のために大阪万博会場にて河森監督とお会いした際、25年越しの質問をさせていただきました。
「監督はもしかして、私がこのように(樹奈のように)なることを、オーディションの時から分かっておられたのではないですか?」
「それは、やっぱり、そうだよね。」
もはや監督の言葉を疑う余地はありません。この作品は私にとって伏線回収のようなものでもあるのです。

地球少女アルジュナ『第一章 時のしずく』


さて、第一章。冒頭からいきなり主人公の交通事故死、幽体離脱、死からの生還、テレパス、原発事故…からの変身(地球共鳴)という、ぶっとんだ展開になるわけですが…。監督ご自身も仰っていましたが、改めてよくテレビで放送できたなあと思います。今でこそ国内外で様々な事実が明るみになってきていますが、当時はまだまだ常識や安全神話や利権によって社会は完結しており、現に一部の台詞はテレビ放送向けに録り直しも行われました。特典インタビューの中でスタッフさんが当時の様子を話してくださっていますが、オンエアに踏み切った責任者も、監督も、相当の覚悟であったことをお察しいただけるのではないでしょうか。私は、この作品は創られるべくして作られ、伝えるべくして伝えられ、そしてまた、今のこのタイミングに皆さんへお届け出来ることに必然性を感じています。

主人公がいきなり幽体離脱するところからストーリーが始まるのも、今なら頷けるのです。
人が本来の感受性(超感覚)を取り戻すには、一度、既成概念や人間の社会システムから離脱して俯瞰する必要があると思うからです。(それが半ば強制的であったとしても)「今、生きている、ということ」の真の意味に〝気づく〟ためのプロセスともいえます。
樹奈を演じていた当時の私は、すっかり幼少期の感覚は閉ざされ、寧ろ積極的に人間社会に順応することが優先されていましたので、日々、他者の目や競争に囚われ、実にコンビニエンスで合理的な生活を送り、自らの感覚を省みたり信じることにすら蓋をしていたような気がします。樹奈の苦しみを理解することは出来ても、どこか寄せて演じていたかも知れません。ところが、25年経って本編を観た私ときたら、どうでしょう。農薬にもがき苦しみながら大地に落ちるバッタの姿に、思わず涙が出ます……。
私も同じ体験をしたからです。バッタと…樹奈と。私にも既成概念や人間社会のシステムから離脱するための強制終了が入りました。そして私も、クリスのような〝何か〟に諭され、「行かな(くては)!」ムクッと立ち上がらされました。そのお話は、また後ほど。

この25年を振り返れば、私たちはアルジュナの世界を追いかけるようにして、現実世界での大きな出来事を目の当たりにしてきました。今も現在進行形ですね。
今この時のためにカタチにされたともいえる本作ですが、私から一つ、楽しみ方をご提案したいと思います。

「現実・物質的世界(目に見えるもの)」と「精神世界(目に見えないもの)」。ふたつの視点をもって、ご覧になっていただきたいのです。
難しく考える必要はありません。私たちは子どもの頃から教育を受け、社会に生きる過程で大きな岩のようにつくりあげられた固定概念(思考パターン)があります。その〝岩〟をぜひ一度、量子サイズのつぶつぶになるまで砕いて、ふわふわに軽くして、いったん左脳オフにして観ていただきたいのです。
この作品は、私たちの理解者が、〝気づき〟を促してくれるものです。つまり、フィクションであってフィクションではありません。
私たちの「現実世界で起きていること」をヒントとして見つめながら、同時に、「自らの精神世界がどう影響しているか」を認識できるヒントがもらえると思うのです。
もう少し詳しくいうと、私たちの「未知や変化への恐怖、現状維持を求める執着(即ちエゴ・自己防衛本能)」が、現実世界にどう影響しているか。
「本質を見抜く力、感情や身体の反応(超感覚)」を取り戻したとき、樹奈や私たち、社会がどう変化するかといった視点です。
その揺れ動くなかで生まれる新たな視点は、もしかししたら、太古(神代)から未来(高度文明)に一貫した普遍の絶対法則への〝気づき〟になるかも知れません。

1話のラストシーン。樹奈は変身して、いきなり〝無敵化〟してしまうのですが、なぜだと思いますか。
何の力によって、あらゆる負の攻撃から身を守れたのか…そこに目を向けた時、私は、なるほどなあと思うのです。
樹奈はこれから気づきと学びの段階を経ていくことになります。それは私たちも同じ、果てしもない魂の成長ストーリーです。

〝観る度に違って見える作品をつくりたかったーー〟

河森監督が仰っていた通り、私も自身の成長段階にあわせて観る度に異なる、もしくは新たな〝気づき〟がありました。
これってどういうことなん??と思われたら、ぜひハッシュタグ #アルジュナ配信 #地球少女アルジュナ #arjuna で、意見交換いたしましょう!
(地球少女アルジュナ 第二章「青い光」に続きます)