「ちょっとだけ」

本屋のクリスマス一色の児童書コーナーの前で、ひとり涙する大人…
あるよね、あるよね、長女、長男あるあるよね。

願いはいつもちょっとだけ
そのちょっとだけをがまんして
ちょっとずつ大人になっていく
大人になんかなりたくなかったなあ

最近、元同僚のパパから、4歳の長女から「パパ、ママいい子になれなくてごめんなさい」のお手紙もらったことを相談されたので、
それは君らへのラブレターやで💌 十分いい子だからそのままでいいんだよとぎゅっとしてあげなとアドバイスしたばかり。
(私も書いたことあるなあ。机の奥にしまって気づいてって願かけしたなあ)
この絵本、今度呑むときに差し上げよう。

↓ポップ
『2人目の赤ちゃんができたら、ぎゅっとしながら、お兄ちゃんお姉ちゃんに読んであげてください』

やっぱり福音館✨

 

 

感謝

祖母が旅立つ日の空は、こんなに美しい空でした。
祖父の命日の翌日、20年後でした。

「いい人でしたよ」
祖母が、亡き祖父を語った言葉でした。
互いに人として尊重しあっている夫婦でした。

祖母の人生は激動でした。
皆まではきけませんでしたが、終戦後の「Give me chocolate」をリアルにきかせてくれたのも祖母でした。
或る贈収賄事件で祖父の名がニュースに出ちゃったときも、さぞかし大変だったのでしょう。記憶が曖昧になってから、当時を思い出してうなされている祖母をみた時には驚きました。
しかし、恐らく地位や名誉や金の価値は仮初めのものであると手痛く悟った祖父は、全財産を祖母の夢であった恵み豊かな山へと変えます。
その恩恵を受けたのが、私たち親族です。

ウサギやキジやアヒル…スモモやキウイや桃や、胡瓜やトウモロコシやキャベツに椎茸、枝豆やサツマイモやアスパラガス…季節の花々や、空にそびえる大きなもみの木のクリスマスツリー、見渡す限り広がる水面の輝き…美しい自然と、家族。
生まれたときから我々は真に価値あるものを知っていました。

それは、ワラビやゼンマイを入れた籠を片手にほっかむりした祖母。黒い長靴にボロボロのジーンズに白の帽子、たまに裸足だった祖父。
この夫婦のおかげです。そのDNAは、確かに受け継がれています。

祖父が他界してから、約20年ものあいだ祖母はベッドの上で生きました。私は東京から、なるだけなるだけ祖母の施設に顔を出すようにしました。でも、ぜんぜんぜんぜん、足りませんでした。
そんなに長いあいだベッドの上って…私には真似できません。
それなのに、一緒に大きな声で歌を歌って、すぐに帰らなければならず落ち込む私に、「ヒガシヤマ マミちゃん、ダイジョーブィ」と、言ってくれました。
お家に帰りたいのに、身体中痛いのに、自分の息子(私の父)たちが先に逝ってしまって誰よりも辛いのに、帰る場所で居続けてくれました。
「オトコとオンナ、ふたつで、ひとつ」
私を、幸せな選択へと導いてくれました。
暫く忙しくして時間があいてしまったら、「心配するやないの」って、心配していたのは祖母の方でした。
「白い天井ばかり見て、生きている意味がない」
はじめて弱音を吐露してくれました。
それが、新たな仕事をする原動力となりました。

今年の夏は、一緒に歌うことも出来ませんでした。
痰が絡んで咳が苦しそうに出るのに、どうしてあげることも出来ませんでした。後で看護婦の友達にきけば、身体を横にして背中をトントンしてあげると楽になるらしいのに、それすら、してあげられませんでした。
いつも別れ際、「一緒にがんばろうね」が合言葉でしたが、はじめて私は、「お互い、無理するのはやめようか」と言いました。

今頃、祖母はやっと身が軽くなって、会いたい人のところへ自由に会いに行っているのだと思います。
これほど死は恐れるものではないと感じたことはありません。私も、一番近くの空から、たくさん有難うを言いました。

たくさんの幸せと英知をくれた祖母に、そして祖父に、心から感謝するとともに、無事に神様にお認めいただけるよう、お祈りしています。 

生きよう。
婆ちゃんの分まで、楽しく生きよう✨


11月15日

BBQ

こんなや、こんなや、こんなやこんなや
こーーーーんな画像が次々に中継で送られてくるもんで

パタリと本を閉じ……

気づいたら、現場に来ておりました🤤💕

うまうま😋💕
お天気もよすぎるほどに良いし☀️皆さんも優しいし☺️
食材も豪華だったなあ…どれも採れたて新鮮美味で、主催者の本気度に感服満腹いたしました💕

1枚目の写真のリトルマーメイドに出てきそうな貝は桧扇貝(ひおおぎかい)といって、九州や四国の方でしかとれない貝だそうです。付随して

「火を見たら、なんで眠くなるんだろうねぇ…」

虚ろに焼き上がりを待つ私に、
せっせと牡蠣を焼いてくれながら、主催の原田さんが教えてくれました。

「そうだよ。火はね、他の動物が恐れて寄ってこないから、人間は本能的に安心して落ち着くんだよ。オランウータンも火を恐れないから、そこで知能がわかるんだ。」

それでかーーっ✨✨
焼肉をやっても鍋をやっても、危うく食欲より睡眠欲が勝ってしまう自分は間違ってなかった✨本能だった‼️

そんな学びもあり、新たな出会いもあり、
最高のBBQでございました💕感謝感謝💕


(BBQには集合写真はつきものなので、次からはアウトドアといえども、ばっちりお化粧することを忘れないようにしよう)

11月10日

インサイドコミュニティ

安心とは、自分の外側にあるアウトサイドコミュニティにしかないわけではありません。大事なのは、「安心な場所を探す」ということではなく、「いつでもつながれる誰かがいるって信じられる」ってことです。

一方で、「リアルでもネットでもたくさんの人とつながっているのに孤独だ」という、いわゆる「つながり孤独」という状態に苦しむ若者も増えています。「人とつながる」それ自体を目的化して、「友達になればいい」「ネットでつながればOK」と考えてしまうと、「つながる」ことの意味を見失ってしまいます。

「つながる」ことは単なる手段です。誰かと会ったり、話したり、行動したりすることは、それが目的ではなく、それを通じて「自分の中に生まれた新しい自分」と「つながる」ためです。言い換えれば、あなたがあなた自身を理解し、認めてあげるために「人とのつながり」があるのです。

自分で自分を認めて、信じられるようになれば、すでに自分の中に拠り所となるインサイドコミュニティができている証拠です。インサイドコミュニティとは、自分自身の中に「安心できるコミュニティ」を作り出すということです。

荒川和久「はたして孤独は全員に共通する悪なのか」東洋経済,2018月11月6日
https://toyokeizai.net/articles/-/246355?display=b
より抜粋

 

Music came back to me.

Music came back to me.

タヒチ島に住んでいらっしゃるファンの方がいつか教えてくださったアルバム。
優しい波の音がお気に入りで、夜のリラックスタイムや一人になりたいときに聴いてます。

10月21日 トーク&ライブ

今日は、元共演者であるお友達のお店のイベントにゲストとしておよばれしてきました。

久しぶりに人前でトークや歌を歌わせていただきました。この世の天国があるとするなら、光に向かって心の限りに声をあげられる、あの光景だと思います。

SET LIST
1.蝉  詩曲:東山麻美
2.紫陽花のうた 詞曲:東山麻美
3.君がくれたサヨナラ 詞:東山麻美 曲:石塚徹

今夜は、お月さまと星がとてもキレイです。
皆さんのところからも見えているでしょうか。

今日、ご夫婦でご参加くださった方が私に、「幸せそうでよかったです。しばらくお顔をみれていないしブログも更新されていないから心配していました。私たちは心配するしかできないけれど…幸せそうでほんとうによかったです。」と伝えてくださいました。

会えない間も心配して、会えば変わらずに無条件に迎え入れてくださる、そんな人は日常生活で家族や親友以外には存在しません。そんなことを許してくれる人間関係はありません。だから、私はいつもとても不思議な感じがします。穴ぼこだらけの心がいつの間にかまあるくなって、ありがとうが溢れてきます。ジャムおじさんに顔をつくってもらったアンパンマンです。

あの短い時間で、私は光の速さで繋がっていく人たちの顔が見えました。皆さんに今日会えたのは、今回お声がけくださったあっくん(原田篤さん)のお陰です。あっくんに出逢えたのは作品を一緒につくった人たちのお陰です。それはもう、何十年も前の私が助けられたことです。その作品に関われたのはあの人のおかげ、またその機会をくれたあの人たちのおかげ……それが嬉しくて、思わず涙が出ました。

私が人生で何より大切なものは、そうして繋がった人たちの存在です。

私も何もできないかもしれないけれど、どうぞ皆さんお元気でいてください。
またいつか皆さんにお会いできるように、私も日々がんばります。

ありがとうございました。

 

Special thanks
原田篤 (Master&Percussion)
大里健伍 (Guitar)
石塚徹
GTripAKASAKA 

自分について

人生の折り返し地点にて考える。

・他人のレールには乗れないこと。
・他人との競争よりも、時間を味わうことに価値を見出したいこと。
・いつの時もプレイヤー(享受)でいたいということ。
・この世で美しいものや心を探求したいということ。
・時間と自然に逆らわない生き方(いい時間だった)を意識すること。

 

タイ

 

お友達のオススメもあり、GWはタイへ行ってきました🇹🇭
飛行機(高所)恐怖症の私は過去最長フライト6時間をクリアしました✨
昨年に自動車免許を取得して以来、少し人工の力を信じられるようになったことと、呑気に隣りに居てくれた旦那さんのお陰かも知れません。
スワンナプーム空港✈️→パタヤビーチ→バンコクと強行でしたが、非常に感慨深い旅でした。

特にパタヤで商いをする人々が、ただそこに〝生きる〟ということに誇り高かったこと。
そのため懐広く優しい瞳をしていること。日本のコンテンツが広く愛されていること。(タイ版メガレンジャーの動画を見せながら演者の私を歓迎してくれたので、つい嬉しくて変身ポーズでお返ししました)。

19世紀ラーマ2世御用達チャオプラヤ川沿いにある寺院(三島由紀夫の小説『暁の寺』の舞台となった)ワット・アルンがカラフルで美しかったこと。

何よりも忘れられない出来事がありました。
大型ショッピングモール Siam Paragon のフードコートでタイ最後の夕食をしていた時のこと。
食事を運ぶ私達のために椅子を移動して道をあけてくれた10歳くらいの少女がいました。なんだかそれが嬉しくて、食事を済ませて少し残高があったチャージカードを「さっきは有難う。もう使わないからよかったら使って」と御礼を言って差し上げると、それはそれは嬉しそうな顔をしてお母様と思われる方とさっそく何か買物に出かけられた様子でした。
って…よく考えたら残高は16bahtしかなくて、何か買えるような金額ではありません。それに、よく考えたらとても失礼な行為だったかも知れない…と猛省していると、
嬉しそうに手にコーラ(50baht)を持った女の子とお母さんが席に戻って来られたので、補填してくれたお母さんに申し訳なく思いつつ席を立とうとしたところ…スマホを持ったお母さんが私に、娘と一緒に写真を撮ってくれと言うのです。何がなんだか分からずに、お父さんカメラマンに向かってお嬢さんとお母さんに寄り添って写真に収まりました。彼女のおかっぱ髪と華奢な肩とピンクのチェックのワンピースに、なんだか懐かしさを覚えました。そして、お母さんが私の頬にキスをくれました。一瞬、心の泉が吹き出るような感覚がしました。
びっくりしてしまって、こちらのカメラでお願いするのを忘れてしまいました。
唖然とする私に夫が「Amazing girl ! いつかあの子が大きくなったら、貴女に憧れて日本に来てくれるかもしれないね」と言うので、何となく不思議な感じがしました。
日頃から自分が大切にしているものが世界共通として認めてもらえた気がしました。通りすがりに近い出逢いでしたが、あれほど別れが寂しかったことはありません。Siam 駅に向かう道すがら、同志に祈りました。〝いつか傷つくことがあるかも知れないけど、貴女の良さを大切にしてね…。〟と。

アイデンティティを取り戻した気がした、素晴らしい旅になりました。

 

双方向

ネットが普及し容易な双方向コミュニケーションが一般化して、はや一時代を築いている。

けれど私は、書店に並ぶ本のタイトルを選ぶ楽しみや、見たくもないゴシップをスルーする権利は欲しい。なぜなら情報というものをそこまで信じていないし、価値あるものだけを必要としているから。特に文字だけのコミュニケーションは危険さえ感じている。ペンは剣よりも強しとはよくいったもので、ウィルスメールと同様、つい受け入れてしまったら最後、相手の思惑に少なからず侵食されてしまう。

最近よく、〝東山さんにコメントを送りたいのですがどこにアクセスすればよいですか〟というご質問を頂戴しているようですが、真心をもって私にメッセージを届けようとしてくださったお気持ちは大変有難い。
実際にその幸福感を得たいとも思うけれど、水際で制限をかけている以上、それは諦めなくてはいけず…申し訳ない。

そもそも表現者としての仕事は、それを通して皆さんに娯楽を与えることであり、それが夢うつつであるからこその魅力であったはずだが…もうその時代は懐かしい。

そもそもコミュニケーションとはそれほど容易なことではない。相手の背景や顔色や声色、時間軸や距離感、あらゆる情報を読み取り行うもので、本来それを読み解く本能が備わっているはずなのに、我々は便利さや楽を追求し〝いいとこ取り〟しようとすることで、引き換えにその力を忘れかけている。

貴方ってこんな人物だ(そうあって欲しい)、貴方は間違っている、貴方はこちらをもっと理解するべきだ、貴方はこちらの価値観に服従するべきだ云々……もはや、この事態の理解が追いつかない。

表現することを超えた範囲で、誰かのご期待に沿うことは出来ないと自身の器量のなさを認めた結果でもある。

私のように疲れている人はきっとどこかにいるはずである。誰かの無責任な文字に傷つき、胸を痛めてしまっているような誰かが。
そんな誰かを勇気付けることが出来たらと、私は、私が感じるままひとつの表現をさせていただいている。

ありがとうございました

昨日は、私たちメガレンジャーの同窓会でした。

一緒にものづくりをする仲間と、その作品を愛してくださる皆さんがいる場所は、なんであんなにあたたかいんだろう…。
心があたたかくなって、ほやほやになってしまいます。
そんな中でお話していたら、時間がいくらあっても足りなくなりそうでした。
全員のお客様と握手をしたかったのですが……間に合わなくて残念でした。

今回、チケット発売後3分でsold outとききました。
会場に来られなくて寂しい思いをさせてしまった方も、こうしてこの作品を生き続けさせてくださった仲間のひとりです。
ほんとうにありがとうございます。

あらためて、皆に愛される作品に携われたことに感謝いたしております。
みんなががんばっているから、私もがんばれる…そんなことを再認識できた時間でした。

また、みんなで会えたらいいなあ…♪

みく

 

 

新年

 

あけましておめでとうございます

 

世の中が平和で、

皆さんに笑顔が多くありますように。

 

2018年 元旦

東山麻美

 

 

#metoo

 

Noと言う度に進む道を変えねばならないのも、世の常と飽きらめていましたが…
この単語によって報われた気がします。
お陰様で先日も、〝このご時世ですからお気をつけあそばせ〟と受け流すことが出来ました。

その理不尽さはいじめと同様、人権侵害。
された側は忘れることはありません。