人間の根本問題について

「人間の根本問題」それがいま考えるテーマです。

先日、長引く鼻声にそろそろ飽きて、抗生物質でももらおうかと駅に向かう途中の住宅街で、外観キレイな町医者を見つけました。
混んでいる場所で別のよからぬものを頂戴するのも避けたいという判断で、お宅訪問がごとく庭に立ち入ると、順番待ちのご老人がベンチに腰をかけて日向ぼっこをされていました。

一礼して通り過ぎ、入口の戸を開けようとすると、「どうした?」とご老人。
町の開業医像をそれなりに想像はしていたけれど、それにしても上下茶色のトレパンはなかろうと…。再び「どうした?」と問われて状況を受け入れ、玄関前の陽だまりで症状を伝えました。

聞くや否や、ご老人はか細い脚で立ち上がるのもままならず、こちらが手を指しのべて、ようやっと玄関から診察室に入っていかれました。きちんと並べられたスリッパは使われた形跡なし。
診察室…というより、薄暗く山ほど本がおかれた書斎から徐ろに医療用ライトを取り出すと、私の喉の奥を眺め、「よし、扁桃腺は腫れてないな。」といって、今度は下駄箱脇の陽が差し込む椅子にゆっくりと腰掛けました。
「頬骨を叩いてみて、痛みはあるか?」と、なかなかのセルフ診療(笑)。
「症状が少なくてわからないな。内科じゃなくて耳鼻科に行ったほうがいい。しかし、症状が2週間以上も続いているなら抗体が出来て治ってくる頃だけどな。」
そうですか。あの、お金は…「いらない。」
よいお天気ですね。日向ぼっこのお邪魔をしてしまって、すみませんと頭を下げて出口に向かうと、「もう、動くのがしんどいんだよ。」と先生は仰って、はにかんだ顔に品のよさが滲み出ました。

「75歳にもなると、生き方がわからない。」
靴を履き終えたところで、私は声の方を向きました。
「50の頃までは医者をやっていることも楽しかった。もう、やり尽くした。」
つい目線の高さが合わず失礼な気がしてしゃがむと、「まあ、そこに掛けなさいと」促されるまま椅子に座りました。

長生きはするものじゃないと私の祖父も口癖にしますが、私たちはその存在に確かに救われています…と返してみたものの、なんだか的を射ていない気がして、続けました。
「(なくされたものは)好奇心、でしょうか…。私もわかります。私も疲れています。セクハラなんかに(笑)。」と冗談交じりに返せば、ご老人は、はははと笑い、はじめて私と向き合った様子で、年齢など私について質問をくれました。年配者には不思議な力があり、年輪が共鳴するせいか、自身のいまの悩みなど〝人生のささいな面倒なこと〟という気がします。

「貴女は、西部 邁(にしべ すすむ)を知っているか?東大の、自殺した人だよ。」
ああ、多摩川の…
「私はあれを他人事とは思えない。あれから考えている。頭が馬鹿になり、身体もうまいこと動かなくなり、やりたいことは既にやり尽くした。自ら死を選ぶ生き方もあると思う。」
両手を軽く握り両膝にのせて…ああ、時代の人のそれだと感じました。
或る脚本家も、そのように仰っていましたね。それも、生き方…ですよね。
この町は空が広くて星が綺麗に見えます。まだ野花もたくさん残っていて、美しいなあと思います。それでは、いけませんか。

「美しいものを美しいと思う…例えば絵画など、あれを理解しようとしても、さっぱりわからない。貴女にはわかりますか。私も吉祥寺に生まれ育ったが、いまはすっかり自然が失われたのでここに越してきた。自然の美しさなら、わかります。」
絵画は…恐らく〝念〟じゃないですかね(笑)。言葉にならないことを描いているから、他人にはわかりっこないのかも知れません。好き嫌いはあっても。と、うまくないフォローをしながら、自然が失われていくことはほんとうに寂しいですよね、と共感しました。

「貴女のお爺様の年齢まで、私は30年もある…。私はこれから、良い世の中なっていく気がしないんだよ…。」
……パーキンソン病で亡くなられた物理学者のホーキング博士も仰ってました。足元ばかりを見ずに空の星を見ろ、と。私もなんだか、原点に立ち返ってみる必要があるのではないかと思っています。

気付けばすっかり1時間が経っており、美容室の予約時間が近い。
「最近は本を読んでいても、どうも理解が追いつかない。貴女は小林秀雄を知っているか。どうもわからないんだ、恐らく彼はキリスト教信者だと思うんだが…。」今度はひとりでなんとか立ち上がり、その年代物の本を手にとってこちらに見せてくれました。
小林秀雄『考へるヒント』文藝春秋新社,昭和39年

目次を見るに…この方は生きることに真摯に向き合っているのだと、共有して下さったお気持ちと持ち合わせた運命思考により、1ヶ月後にお返しにあがる約束をして本を拝借しました。

この次までに、私は考えなくてはなりません。
まずは、西部邁の生き方や時代背景、この本も読み、
ご老人がはっきりと話さなかった、〝良い世の中にならない〟という(恐らく漠然とした)理由「人間の根本問題」と、出来れば〝共有できる言葉〟を。
鼻声は自然治癒力に任せることにしました。