3.11

お仕事中に仲間と、夜の東北復興イベントでみなさんと、黙祷をした。

6年前…
都心から10時間以上かけて自宅に歩いて帰った私は、ただいまを言う人もおらず、ニュースの前でひとり膝を抱え、ただただ、生き物として身震いするばかりでした。

Youtubeでちゃんと泣けずに笑っている被災地の子供たちをみたとき、いてもたってもおられず自治体のボランティアに申し出ましたが、当時は殺到しており、保育資格か教員免許を持つ者のみが対象でした。
私がそれまで持っていたお芝居も歌も、子供たちへの朗読の先生も、何の役にも立ちませんでした…。

社協か行政の職員は現地に派遣されるという情報を得て、それまでの仕事を辞め、面接を受けました。お仕事させていただけることになりましたが、現地には派遣されず、学校へいけない子供たちへの支援事業主任を任されることになりました。

好きなアニメの話、アーティストの話、音楽の話…ギターを片手に一緒に歌ったり、夜が明けるまでウンコ座りで話を聴いたり、本人と親御さんにアニメの映画チケットをプレゼントしたり…。共通言語といえばそんなものでした。それまで自分がやってきたことは、決して無駄なことではなかったと気付くことができました。

事業の最終年を迎えたとき、〝さよなら〟をうまく言えない私に、傷だらけの腕した女子高生が、「麻美ならどこでもやれる、大丈夫。私も頑張るから、頑張って」と言ってくれました。助けられていたのは自分だったと気付きました。

私は何度かお話の中で地球なんかも守ってきましたが、誰かのヒーローになんて簡単になれるもんじゃない。自分が生きること、大切な人がいることに感謝して、できることを少しずつでもやること。あの日からずっと今も、繋がっています。