どうですか?

 

って人にきかれるのですが

あまり変わりません(笑)

 

もとより結婚とか、永遠の約束?みたいのに幻想を抱いていなかったせいか、

浮かれモードでもないです。

 

ただ、もしかしたら、

少しでも立ち止まったら沈んじゃう、とり残されると思って生きてきましたが(笑)

これからは、ふっと一瞬、安心して立ち止まれるのかもしれません。

もう、ひとりでがんばらなくて、よくなったのかもしれません。

 

 

ご報告

 

長年、私のことを家族のように案じてくださった皆さま

10代の時分から、ずっと成長を見守ってくださっている皆さま

ご報告させてください。

本日わたくし、満を持して、入籍させていただきました。

 

まるでモルモットのように、ぐるぐるビクビクしていた私を、すっくりと包み込んでくれた方がいました。

ふと気付けば、隣にいる方でした。

よくよくみてみたら、私の過去も未来もまるで知っているような方でした。

 

一番好きな人と、一生一緒にいてもいいだなんて…

神様と、両親と、友達と、皆々さまに…

感謝申し上げたいです。

 

季節を待って、やっと心が膨らみはじめました。

 

皆さま、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

 

 

必然

 

私が悲しいと

とても悲しい顔をしている

私が幸せだと

なんだか幸せそうな顔をしている

 

それを不思議にみていた…

 

そうか。

私が幸せになればいいのか…

 

いままで、

私が頑張らないと、誰かを幸せになんか出来ないと思ってた。

 

きみを幸せにしたいから、私も幸せになろう。

だから、一緒にいよう。

 

きみは私にいとも簡単に教えてくれた。

ずっと、ずっと、さがしてた居場所を。

 

 

3.11

お仕事中に仲間と、夜の東北復興イベントでみなさんと、黙祷をした。

6年前…
都心から10時間以上かけて自宅に歩いて帰った私は、ただいまを言う人もおらず、ニュースの前でひとり膝を抱え、ただただ、生き物として身震いするばかりでした。

Youtubeでちゃんと泣けずに笑っている被災地の子供たちをみたとき、いてもたってもおられず自治体のボランティアに申し出ましたが、当時は殺到しており、保育資格か教員免許を持つ者のみが対象でした。
私がそれまで持っていたお芝居も歌も、子供たちへの朗読の先生も、何の役にも立ちませんでした…。

社協か行政の職員は現地に派遣されるという情報を得て、それまでの仕事を辞め、面接を受けました。お仕事させていただけることになりましたが、現地には派遣されず、学校へいけない子供たちへの支援事業主任を任されることになりました。

好きなアニメの話、アーティストの話、音楽の話…ギターを片手に一緒に歌ったり、夜が明けるまでウンコ座りで話を聴いたり、本人と親御さんにアニメの映画チケットをプレゼントしたり…。共通言語といえばそんなものでした。それまで自分がやってきたことは、決して無駄なことではなかったと気付くことができました。

事業の最終年を迎えたとき、〝さよなら〟をうまく言えない私に、傷だらけの腕した女子高生が、「麻美ならどこでもやれる、大丈夫。私も頑張るから、頑張って」と言ってくれました。助けられていたのは自分だったと気付きました。

私は何度かお話の中で地球なんかも守ってきましたが、誰かのヒーローになんて簡単になれるもんじゃない。自分が生きること、大切な人がいることに感謝して、できることを少しずつでもやること。あの日からずっと今も、繋がっています。

 

大人に

 

ならなきゃいけない。(時代は移ろいゆく)

 

待合室のテレビ画面。

声が変わったドラエモンをみて、

そう、実感する。

 

 

深刻な

 

悩みが、私にはある。

 

iPhoneのホーム画面の、

一番右下にあったはずのアプリが、

何かの拍子に消えて、早や一日が経過する…

 

いつも見ていたはずのもの、重要度の高い場所に置いたはずのもの…

いったい何であったのか、思い出せない。

 

己の記憶と、執着と、世の儚さと…

 

その歯抜けのホーム画面を見ながら、虚しさを覚える、週末であった。

 

 

さんざ

 

苦労した母が、

「あんたたちがいたから、なんとかやってこられた」

と、口癖のように言っていた。

 

それは、なんていうか、

母に苦労をかけた我々と、

自身の苦労に対する慰みなんだと思っていたが、

 

その言葉はどうやら本当であったようだ。

 

母の境遇に似た特別な女性が、同じことを言っていた。

 

まだ分からない、

一生分からぬかもしないことに、少しの悲しみを覚える。